大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2167号 判決

控訴人 宇山カーボン株式会社 外一名

被控訴人 浦賀船渠株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は当審における新らたな主張の外、原判決添附目録並びに図面をふくむ原判決事実摘示記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第一、控訴人の新らたな主張。

(一)、控訴人らは、さきに、被控訴人が本件土地につき所有権を有することを認めたが、右自白は真実に反し、かつ錯誤に基くものであるから、これを取り消し、被控訴人が本件土地につき所有権を有することを否認する。その理由は次のとおりである。

訴外屋井乾電池株式会社(以下屋井乾電池と略称する)は、昭和十二年三月二日その所有の工場につき工場財団を設定し、同年四月十五日工場財団登記簿に、所有権保存の登記を経由し、さらに、その後法定の期間内に工場財団につき抵当権設定登記を経由した。

屋井乾電池は、右工場財団の設定並びにその登記にあたり、本件土地を屋井乾電池の工場敷地として、右工場財団に属せしめたが、(乙第二十八号証参照)、本件土地は、これより先、昭和六年一月十四日から訴外宇山とめに賃貸してあり、同人はその上に工場その他の建物を建築所有し、これにつき建物所有権保存登記を経由していたものである。

従つて、本件土地は、屋井乾電池が昭和十二年三月二日工場財団を設定し、登記を経由した当時、「他人の権利の目的」であつたもので、工場抵当法により工場財団に属せしめることを禁止されていたものであるから、本件土地は、実体上工場財団以外の不動産であり、本件土地につきなされた工場財団登記は無効である。

しかるに、被控訴人の主張によれば、本件土地をふくむ屋井乾電池所有の工場財団が国税滞納処分によつて公売に附され、昭和二十八年二月訴外垣内小四郎が競落し、その所有権を取得し、ついで昭和二十九年五月十八日垣内小四郎から被控訴人に所有権移転登記を了したものであるというのであるから、垣内は、工場財団に属しない本件土地の所有権を、工場財団の競落によつて、取得することができない筋合で、被控訴人も垣内小四郎から本件土地の所有権を取得できないものである。よつて被控訴人は、本件土地の所有権を取得するに至らなかつたものであるから、控訴人がさきに本件土地についての被控訴人の所有権を認めたのは、真実に反し、かつ錯誤に基いたものである。

(二)、契約による賃借権の主張。

控訴人宇山カーボン株式会社(以下控訴会社と略称する。)が昭和十六年二月十四日設立されるにあたり、宇山とめから本件土地全部にわたる賃借権(賃貸人は屋井乾電池)、本件土地上の建物(宇山とめが昭和四年九月十八日所有権保存登記を経由したもの)の所有権を譲り受け、屋井乾電池との間の本件土地の賃貸借契約を承継した。

しかるに、昭和二十年四月二十五日登記官署たる横浜区裁判所川崎出張所が戦災により焼失し、本件建物の登記簿が滅失したが、司法省告示の法定期間内に回復登記の申請をしなかつたことは争わない。そこで控訴会社は、昭和二十五年四月十七日本件土地上の建物について再度保存登記を経由した。よつて控訴人らは、本件土地についての控訴会社の賃借権をもつて被控訴人に対抗し、その理由として、原審において主張したものの外、次の理由を附加する。

(1)  本件土地をふくむ屋井乾電池の工場財団につき昭和二十五年三月二十日国税滞納処分による差押登記がなされたことは認めるが、控訴会社の本件土地につき有する賃借権は右差押登記前に設定されたものであるから、差押登記による関係的処分禁止の効力は及ばない。従つて差押登記があることを理由として、控訴会社の本件土地についての賃借権を否認することはできない。

又、建物保護法の規定は、土地の賃貸借につき賃借人の保護のため、賃貸人の協力を待たないで、一方的に地上建物の保存登記によつて民法第六百五条の対抗力を生ぜしめる特則であるから、賃借権の設定が土地の差押登記前になされている限り、差押登記後に差押土地の上の建物の保存登記がなされた場合でも、建物の保存登記の対抗力を否認することはできない。従つて、本件地上の建物につき保存登記を経由した控訴会社は、本件土地の賃借権をもつて、差押債権者、公売による競落人、その承継人に対抗できる。

(2)  仮にしからずとするも、本件においては、国税滞納処分としての公売の実施及び第一回公売期日を明示した公告の時、及び競落人の土地所有権取得の時よりも前である昭和二十五年四月十七日には、控訴会社は本件土地上の建物につき所有権保存登記を経由しているから、控訴会社は、本件土地についての賃借権を被控訴人に対抗できる。

(3)  本件土地をふくむ屋井乾電池の工場財団に国税滞納処分による差押がなされたのは、昭和二十五年三月二十日である。垣内小四郎が競落によつて右工場財団の所有権を取得したのは昭和二十八年二月二十六日である。しかして、競落代金が納められ、抵当権登記が抹消され、差押が解除され、工場財団が消滅し、工場財団登記簿が閉鎖された時に、工場財団を組成する個々の物の所有権が、垣内小四郎に帰属したのである。被控訴人は、その後に垣内小四郎から本件土地の所有権を取得したのであるから、被控訴人は差押物件の所有権を取得したことにはならないから、差押登記の時に、地上建物の登記がなくても、被控訴人の本件土地所有権取得前に地上建物の登記を経由した控訴人らは、前記賃借権をもつて被控訴人に対抗し得る。

(4)  控訴人らの主張する本件土地の賃借権は、前記滞納処分による公売公告中における通知にも、また差押不動産見積価格評価調書の内容にも記載されていたのであるから、本件賃借権をもつて、競落人及びその承継人に対抗できる。

(5)  仮にしからずとするも、控訴会社が地上建物の保存登記の回復登記を怠つたのは、建物所有名義人宇山とめの戦災による疏開のためであるから、罹災都市借地借家臨時処理法第十条の法意を類推して、地上建物の登記がなくても、本件賃借権をもつて、被控訴人に対抗することを得せしむべく、被控訴人の地上建物の登記欠缺の主張は許すべきものではない。

(6)  仮に然らずとするも、被控訴人の本件地上建物の登記欠缺の主張は、民法第一条に違反するから、これを許すべからざるものである。

(三)、時効によつて取得した賃借権の主張。

仮りに、控訴会社の有する前記賃借権をもつて、被控訴人に対抗し得ないとすれば、控訴人らは、控訴会社が時効によつて取得した賃借権を主張する。

すなわち、控訴会社は、昭和六年一月十四日宇山とめが屋井乾電池との間に、本件土地の使用貸借を賃貸借と改めたときから、本件土地につき、自己のためにする意思で、平穏かつ公然に賃借権を行使したから、昭和六年一月十四日から二十年を経過した昭和二十六年一月十四日の経過と共に時効によつて本件土地についての賃借権を取得した。その間宇山金次郎が屋井乾電池から本件土地を買つたが、右は賃借権を行使していた控訴会社とは関係ないことであり、屋井乾電池の本件土地に対する抵当権の設定は控訴会社の賃借権の行使を妨げるものでなく、国税徴収法に因る滞納処分としての差押も、時効の利益を受ける控訴会社に対してなされたものでないから、賃借権の取得時効の進行を妨げない。

もつとも、競落に因る本件土地所有権の取得の効力が、右滞納処分としての本件土地差押の時に遡る場合は、被控訴人は民法第百四十八条にいわゆる取得時効進行中の承継人というべきであるから、控訴会社は地上建物の登記なくして、時効によつて取得した賃借権を被控訴人に対抗する。(この場合、「被控訴人が垣内小四郎名義で本件土地をふくむ屋井乾電池所有の工場敷地及び建物一切を国税滞納処分に因る公売で競落した」との被控訴人の主張を援用する。

仮りに、国税滞納処分に因る公売において、所有権移転の効力が競落の時に生ずるとすれば、控訴会社は、垣内小四郎の競落に先立ち昭和二十五年四月十七日に本件土地上の建物の所有権保存登記を経由したから、控訴会社は、被控訴人に対し、本件土地につき右のような時効を援用すると共に、建物保護法第一条により、本件土地につき時効で取得した賃借権をもつて、被控訴人に対抗する。

(四)、被控訴人の本訴請求は権利の乱用として、許されないものである。

被控訴人は、本件土地に対する公売にあたり垣内小四郎の名を用いて競落し、本件土地の所有権を取得したものであるが、本件公売にあたつて、東京国税局は、地上建物を表示する図面を添附し、公売公告にも現場熟覧の上公売に参加すべきことを記載し、かつ地上建物の存する部分は特に略図を附して他の部分と区別し、その評価額も、基準価格の十パーセント減としてあつた。しかして、被控訴人が本件土地の公売に参加した時は、既に本件地上建物については保存登記を経由していたのである。従つて、被控訴人は本件土地を賃借権の附着した土地として評価の上競落したものと認むべきである。

しかるに、被控訴人は、右競落後本件土地を控訴会社に対し一坪五千円を超える権利金を差し入れるのでなければ、控訴会社に賃貸しないと申し出でた。

一方控訴会社は、本件地上の建物十三棟、建坪四百四十六坪を使用して、小規模の企業を営んでいるものであるが、本訴請求が認容されるときは、控訴会社は所有財産の大部分を失い、その業務を廃するの已むなきに至り、従業員五十一名、その家族五百五十七名の生活に関する重大な脅威を受ける。

これに反し、被控訴人は、本件公売によつて取得した土地六千六百七十二坪の内、本件係争土地八百七十七坪を除いた部分を野球場として週間一、二回利用する外、空地のまゝ存置しているのである。

それ故被控訴人の本訴請求は、被控訴人の利益追求のために、控訴会社に著しい損害を与えるもので、権利の乱用である。

第二、被控訴人の答弁

(一)、被控訴人が本件土地の所有権を有することについて、控訴人らの自白の取消に異議がある。この点について、控訴人らの従前の自白を援用する。

(二)、控訴会社の前主である宇山とめが昭和六年頃本件係争土地の前所有者であつた屋井乾電池と本件係争土地の一部につき従来の使用貸借を賃貸借に改めたことは争わない。宇山とめがその時本件係争土地全部につき屋井乾電池から賃借権を取得し、これを占有したことは否認する。控訴会社が昭和二十一年五月頃本件係争土地全部について屋井乾電池に対し、賃借権を有していたことは認めるが、宇山とめが昭和二十五年四月十七日附でなした事件土地上の建物の保存登記は、昭和四年九月十八日附で宇山とめがなした建物の保存登記の回復登記でないから、昭和二十五年三月二十日受附でなされた国税滞納処分に因る差押登記によつて生じた関係的処分禁止の効力を排除し、控訴会社の賃借権をもつて、差押債権者、競落人、及びその権利承継人に賃借権を対抗することはできない。

(三)、時効による賃借権取得の主張に対する答弁。

控訴会社の本件土地についての占有については知らない。

従つて、控訴会社の占有開始時期を確定するためには、訴訟の完結を遅延せしめるものであるから、時機におくれた防禦方法として却下を求める。

仮に右時効を主張することが適法であるとすれば、次のとおり主張する。控訴人ら主張の事実関係によつては、債権である賃借権を時効により取得することを得ない。

仮に然らずとするも、控訴人らは、第一次的に控訴会社が昭和二十一年五月頃屋井乾電池に対し本件土地全部につき賃借権を有していたと主張し、被控訴人はこれを認めている。従つて、昭和二十一年五月までは賃借権の取得時効が進行する余地がない。

次に控訴会社が昭和二十一年六月以降本件土地を賃借地として占有していたことを否認する。控訴会社は昭和二十一年六月以降本件土地を所有の意思をもつて占有していたものである。

仮に時効による賃借権の取得が認められるとすれば、時効の効力は控訴人ら主張の起算点である昭和六年一月十四日に遡ることとなり、本件土地について国税滞納処分による差押がなされたとき、控訴会社は本件土地につき賃借権を有していたことになる。しかるに、その差押当時控訴会社は本件地上に登記した建物を所有していなかつたから、時効によつて取得した賃借権をもつて、差押債権者、競落人及びその承継人たる被控訴人に対抗できないものである。

(四)権利乱用の主張に対する答弁。

被控訴人が本件土地を必要としないことを否認する。被控訴人は本件土地を必要として競落したものであり、控訴人主張のような暴利を得ることを目的としたものではない。しかのみならず、一度は控訴人に本件土地買取の機会を与えたのである。

第三、証拠

被控訴人は、甲第一号証の一ないし五、第二、第三号証、第四号証(写)、第五ないし第八号証を提出し、原審証人城生虎夫、当審証人三町恒久の各証言、原審鑑定人門脇寛の鑑定の結果を援用し、乙第一、第二号証、第七号証の一、二、第八号証第十八号証、第二十二号証、第二十五ないし第二十九号証、第三十二号証の成立を認める、乙第十一号証は登記所作成部分の成立は認めるが、その余の成立は不知、その余の乙各号証の成立は不知と述べ、控訴代理人は、乙第一ないし第三号証(乙第四号証は欠号)第五、第六号証、第七号証の一、二、第八ないし第十九号証、第二十号証の一、二、第二十一ないし第三十二号証を提出し、原審並びに当審証人国枝慶一、原審証人原軍一、当審証人垣内小四郎の各証言、当審における控訴会社代表者宇山金次郎尋問の結果を援用し、甲第四号証の原本の存在と成立およびその他の甲各号証の成立を認める、甲第八号証を援用すると述べた。

理由

被控訴人が昭和二十八年二月垣内小四郎名義で本件土地をふくむ屋井乾電池の工場財団を国税滞納処分による公売において競落し、被控訴人が本件土地の所有権を取得したことは、さきに控訴人らの自白したところである。

控訴人らは、当審において、被控訴人が本件土地の所有権を取得したことの自白は、真実に反し、かつ錯誤に基くものであるから、これを取り消すと主張するので、右自白取消の許否について考えるのに、控訴人らが右自白が真実に反するとする理由は、屋井乾電池が昭和十二年三月二日本件土地をふくめた工場財団を設定し、登記を経由したとき、本件土地は字山とめに賃貸してあつたもので、同人の権利の目的であつたから、工場抵当法第十三条により工場財団に属せしめることを禁止されていたものであるから、本件土地は実体上工場財団に属しないものであり、本件土地につきなされた工場財団登記は無効であり右工場財団の国税滞納処分としての公売による競落人は本件土地の所有権を取得しないというにあるのであるが、他人の賃借権の目的たる不動産を工場財団に属せしめることの禁止が絶対的のものでないことは、工場抵当法第十三条第二項但書「但シ抵当権者ノ同意ヲ得テ賃貸ヲ為スハ此ノ限ニ在ラス」との規定を見ても判るのであつて、もし抵当権者の同意なしに工場財団に属せしめられた他人に賃貸した不動産は抵当権者に対する関係では存在しないものとして取り扱われるだけのことである。また抵当権設定以前に、他人の賃借権の目的となつていた不動産については、賃借人は抵当権者に対抗し得る要件(賃借権の登記又は地上建物の登記)を具備している場合には抵当権者又は競落人に対抗できるし、対抗要件を具備しない場合には、賃借権をもつて対抗できないということになるだけで、他人の賃借権の目的たる不動産を工場財団に属せしめることが当然無効であるという法理はない。従つて、これに対してなされた工場財団登記が無効であるという控訴人らの主張も理由はないし、工場財団が国税滞納処分によつて公売に附され、競落された場合に、競落人が他人の賃借権の目的たる不動産の所有権を取得しないという控訴人らの主張自体理由がない。そうすれば、右の理由に基いて本件土地についての被控訴人の主張を認めたことが真実に反するとの控訴人らの主張もまた理由がなく、従つて、控訴人らの自白の取消が真実に反するという証明がなく、右自白の取消は許されないものというべきである。

次に被控訴人が本件土地につき昭和二十九年五月十八日垣内小四郎より被控訴人名義に所有権移転登記を経由したこと、控訴会社が本件土地上に被控訴人主張の建物を所有して、本件土地を占有し、控訴人金孝が右建物とその敷地である本件土地とを控訴会社から賃借したとして、右建物並びにその敷地たる本件土地を占有していることは、当事者間に争のないところである。

よつて進んで、控訴人らの本件土地の占有権原についての主張を検討する。

控訴人らは、被控訴人に対抗する占有権原として、原審においては宇山金次郎を賃貸人とする賃借人たる控訴会社の本件土地の賃借権を主張し、当審においては、それに加えて、屋井乾電池を賃貸人とする賃借人たる控訴会社の本件土地の賃借権を主張している。

しかして、昭和二十五年三月二十日本件土地をふくむ屋井乾電池に対する国税滞納処分として、本件土地につき差押登記がなされたことは、当事者間に争のないところである。いつたい国税滞納処分においては、国は、その有する租税債権につき、自ら執行機関として強制執行の方法によりその満足を得ようとするものであるから、滞納者の財産を差し押えた国の地位は民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類するものであり、滞納処分による差押の関係においても、民法第百七十七条の適用があるものとせられている。(最高裁判所昭和二九年(オ)第七九号、同三一年四月二四日第三小法廷判決参照)しかして建物保護法は、建物の所有を目的とする地上権又は賃借権を有する者を保護するため、地上権については民法第百七十七条の例外を設け、賃借権については同法第六百五条をもつて不充分であるとして、同条の要求する賃借権の登記を必要がないとしたものであることは、建物保護法制定の趣旨によつて明らかである。すなわち建物保護法は、建物の登記をもつて、地上権又は賃借権の登記に代わるものとしたのであるから、その土地について滞納処分による差押登記がなされた場合には、地上権者又は賃借権者所有の地上建物の登記と差押登記との先後によつて地上権又は土地賃借権の対抗力の有無を決定するのが正当である。従つて賃借土地につき滞納処分による差押登記がなされた時、賃借土地の上の建物につき自らの名義で、すなわち賃借権自身を所有者として表示した建物の保存登記を経由していなかつた土地の賃借権者は、その有する賃借権をもつて、民事訴訟法上の差押債権者に類する地位を有する国及びその土地の公売による競落人に対して対抗し得ないものというべきである。

本件において、本件土地をふくむ屋井乾電池の工場財団について、国税徴収法による滞納処分としての差押登記が昭和二十五年三月二十日になされたことは当事者間に争がない。しかして成立に争のない乙第七号証の一、二によれば、控訴会社が賃借権を有すると主張する本件土地の上の建物について、昭和二十五年四月十七日宇山とめのための所有権保存登記がなされ、同日宇山とめから控訴会社に対する右建物の売買を原因とする控訴会社のための所有権取得登記がなされていることが認められる。登記所作成部分の成立については当事者間に争がなく、その余の部分の成立の真正であることについては原審証人国枝慶一の証言によつて認められる乙第十一号証によつては、本件土地上の建物につき昭和四年九月十八日宇山とめのために、所有権保存登記がなされたことが認められるだけである。その他本件一切の証拠を調べても、前掲滞納処分による差押登記の日である昭和二十五年三月二十日前に、本件土地上に、控訴会社を所有者として表示した建物の保存登記がなされたことを認めるに足る資料は、何一つ存在しない。

そうすれば、控訴会社が、仮に、その主張するように本件土地について賃借権を有したとしても、本件土地につき滞納処分による差押登記を経由した国、右滞納処分による公売による本件土地の競落人、及び本件土地についての所有権を競落人から取得した承継人に対し控訴会社の本件土地についての賃借権を対抗し得ないものというべきである。

控訴人らは、控訴会社が昭和二十五年四月十七日になした本件土地の上の建物についてなした所有権の登記は、不動産登記法第二十三条に規定された滅失回復登記であるかの如き主張をしているけれども、その主張事実が認められないことは、控訴人らの自認するところの、本件地上の「建物の登記簿が滅失したが司法省告示の法定期間内に回復登記の申請をしなかつた」という事実によるも、右乙第七号証の一、二によるも、明らかである。

次に、控訴人らは、本件土地上の建物の現存する登記が、回復登記でなく保存登記であるとしても、控訴会社の賃借権は建物保護法により被控訴人に対抗できると主張しているが、その然らざることは、前段説示したところにつきていると考える。

次に、控訴人らは、東京国税局のなした本件土地の公売は、賃借権の設定がある土地として公売であり、控訴会社の本件土地に対する賃借権は滞納処分による公売公告中における通知にも、また差押不動産見積価格評価調書の内容にも記載されていたから、控訴会社の右賃借権は、競落人及びその承継人である被控訴人に対抗できると主張しているけれども、前段説示するところで明らかなように、滞納処分において差押をなした国及び競落人に対抗できない賃借権が公売公告や評価調書に記載してあつたからと言つて、競落人やその承継人に対抗できるようになるという法規も法理もない。

又控訴人らは、その主張する控訴会社の賃借権が被控訴人に対抗できる理由として、本判決事実摘示第一の(二)、(1) 、(2) 、(3) 、(5) 、(6) に記載したとおり主張しているけれども、いずれも、控訴人ら独自の議論であつて、いずれも、現行法上理由がないものであることは、前段説示したところによつて明らかであろう。

次に、控訴人らの時効による賃借権取得の主張について、被控訴人は、訴訟の完結を遅延せしめるものとしてこれが却下を求めているけれども、右時効による賃借権取得の主張は、主張自体理由がないことは次に説示するとおりであつて、これがため訴訟の完結を遅延せしめるものとはいい難いから、右時効の主張についてはこれを却下することなく、右主張自体について当裁判所の判断を与えることとする。

そこで、控訴人らの時効による本件土地の賃借権取得の主張につき、考えるに、賃借権も、民法第百六十三条にいう「所有権以外ノ財産権」の中には、はいるであろうから、賃借権の時効取得も考えられないことではないのかも知れない。しかし、賃借権は、我が国法上、あくまで債権であることは疑のないところである。債権であるとすれば、特定の人をして特定の行為をなさしめる権利であるから、債権の時効取得が仮にありとすれば、ある特定の人に対し継続的に特定の行為をなさしめることによつてその特定の人に対する債権が時効取得されることが考えられるだけである。従つて本件の場合控訴会社が被控訴人に対し本件土地の賃借権の時効取得を主張しようとすれば、控訴会社は被控訴人に対し本件土地の賃借権を継続的に十年ないし二十年行使したことを主張するを要するものと解すべきである。しかるに、本件において、控訴人らの主張する事実は、仮にかかる事実があつたとしても、被控訴人に対する本件土地の賃借権の時効取得の要件には該当しないものである。従つて控訴人らの賃借権時効取得の主張は、主張自体理由がないものとして、これを排斥するの外はない。

次に、控訴人らの主張する被控訴人の権利乱用の主張について考えるに、被控訴人は、将来の業務拡張のため本件土地を買い求めたものであり、現に被控訴人が本件土地を必要としていることは当審証人三町恒久の証言によつて認められるのみならず、本件一切の訴訟資料によつても、被控訴人の本訴請求が権利の乱用であるとは認め難い。本件請求によつて控訴人らが損害を受ける結果となるのは、控訴人らが自ら法の保護を受けるための手続をとることを怠つたことに因るものであることは、前段認定事実から推認するに難くないところであつて、これあるがために、被控訴人の本訴請求をもつて権利の乱用と言うことができないことは、いうまでもないことである。

そうすれば、控訴会社及び控訴人金孝は、本件土地を占有すべき権原を有しないものというべく、所有権に基き、控訴会社に対してはその所有する本件土地の建物を収去し、控訴人金孝に対してはこれより退去して、ともに本件土地を被控訴人に明け渡すべきことを認める被控訴人の請求は正当として認容すべきものである。

なお、控訴会社に対して損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求が正当であることについては、この点についての原判決理由をここに引用する。

よつて原判決はすべて正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条第九十三条、第九十五条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 猪俣幸一 満田文彦 沖野威)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例